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どうで荘

突然ですが、「藤村・嬉野のホームページ」に、
待望のオンラインショップがオープンいたしました!

末永く、ご贔屓に!

 

大家の藤村でございますよ。

早くも年明けから2週間が経ち、みなさんもそらぞれ普段の生活をなさっていることでしょう。

わたくしはご存知の通り、ミスターさんのオーパーツの稽古にどっぷり浸かっております。

そんな中ではありますが、今週金曜日は稽古が休みでありますので、YouTubeの生配信もいたします。

さらにはですねぇ、藤村忠寿商店から新たなモノを世に送り出したいと思っております。

それがこちら。

備前焼でございます。

「ひげキャン」でも使っておりました愛用の備前。

これを作ってくれた備前焼作家の一陽窯・木村肇くんが今回、さらにいい感じのモノを作ってくれまして。

それで私、久しぶりに備前に足を運びましてね。

彼が作ってくれた器の底に、普通なら作家自身の印を掘るんですけど、木村くんが私の印を彫らせてくれまして。

いやもう、力が入りましたよぉ。だって彼の作るモノはとてもシンプルで、なのにとても美しい。それを壊しちゃいけないと、思ってはいても、やはりこちらは素人、いや私の顔つきはね、かなりな職人感が出てますけど、なかなかうまく彫れない。すると彼はニコニコしながら「あ、これはダメですね、あ、これはイイじゃないですか」と選別し、ダメだったものはあっさりと捨てていったんですね。「え!もったいないじゃん!」と思うけれども、彼はプロですから、私の彫ったものがダメだと思ったらそれは世に出せない。

そうして残ったのがたったの45個。

それを彼の手で、彼の窯で焼いたのが、この備前です。

いやぁー!美しいでしょう!

備前はほんと美しい!

同じ茶色でも焼き方で色付きがそれぞれ違うし、そもそも手作りだから形も微妙に違う。つまり同じものがこの世にふたつとない、だからこそ美しいと私は思うんです。だって「はかなさ」と「美しさ」は、ほぼ同義語だから。

ということで、ようやく完成した備前。

名前は「いつも持ち歩きたい備前焼」としました。

いや、この世にひとつしかない備前だけど、あくまでもこれは美術品じゃないんです。いつも使ってあげて初めて備前の本領が発揮されるんです。使うほどにどんどん色が変わっていくのが備前!どうか使い込んでもあなた色に染めてあげてください!

あーもう書きながら恥ずかしくなりましたわ。「うっとおしいわ!」と。

まぁとにかくこの備前、「お買い物」ページの藤村忠寿商店にて今週21日金曜日から販売開始です。

どぉーぞあなた色に染めてくあげてくださいねぇー。そしていつか備前の魅力を語り合いましょうねぇー。

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これまでの日誌アーカイブはどうで荘にございます。

 

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突然ですが、「藤村・嬉野のホームページ」に、
待望のオンラインショップがオープンいたしました!

末永く、ご贔屓に!

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2022年、水曜どうでそうTV一発目の旅企画動画公開中!

【第一夜】水どうD陣《行き先未定》のゲリラ旅へ出発。

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新年、あけましておめでとうございます!
今年もどうで荘を何卒よろしくお願いいたします。

大家さんから新年のご挨拶をいただいておりますので、どうぞご覧ください!

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新年あけましておめでとうござりまする。

大家の藤村にござりまする。

本年は、なにがどうあれ、対人を求めたく思いますれば、年明け早々から早春まで演劇を致し、北海道の雪溶けますれば、毎月のキャンプイベント、どうでしょうハウス公開、そして道外へと足を伸ばしキャラバンと、秋深まるまで動き回る所存に御座いまする。

その間に、旅に出る機会も虎視眈々伺っておりますれば、みなのども!常に出陣の準備怠らず、日々精進されたし!

もうね、とにかく動きたいのよ、もういいかげん。

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謹賀新年
大家の嬉野です。さてもご入居の皆さまにおかれましては新年あけましておめでとうございます。皆さまの中には2022年のお正月をご実家に帰省されて迎えておられる方も多くおられることでしょう。元日の今日、札幌は真っ白に雪に覆われておりますが日本各地のお正月はいかがな雰囲気でありましょうかねぇ。こちらは札幌の我が家で静かな元日の朝を迎えております。

そして、めでたく正月とあいなりましたが、我が家は特にこれといって代わり映えなく😊年末に引き続き、この正月の三が日も夫婦2人と犬1匹とで朝昼晩と、ただただ仲良く食ったり飲んだりを繰り返すことが予想されております。だだ、本日はこれから夫婦2人で近場の日帰り温泉へ出向きまして初湯を頂いて来ようかという話になっております。

そうそう。今年の抱負ではありませんが😊我が家では、今年もまた雪解けの春4月ともなれば、女房は犬連れでバイクの旅へ出るわけですが、今年は、ぼくも久々に(10年ぶりに)女房の旅に同行しようかなと、実は密かに思っておる次第でございます。なんだか盛んに女房が誘ってくれるものですから、「そんなら久々に」とぼくも思えてきたのです。

「この頃は、もう、昔みたいに走らないんだよ」
「そうなの?」
「そう。ゆっくり走ってるの。1日の走行距離も短いよ」
「そりゃいいね」
「同じキャンプ場に連泊しても良いしさぁ」
 
女房がそんなに熱心に誘ってくれるときは素直にその誘いに乗った方が良いってことなんだろうなと思うところもありますので、今年は雪が溶けたら女房と犬一匹とぼくとで仲良く久々のバイク旅に出てみようかと思っています。まぁ、もちろん女房に最後まで同行すると3ヶ月コースになりますから、そりゃちょっと仕事にも支障をきたし過ぎますから、もうちょっと短めでね。

たしか、女房と最初にしたバイク旅が40日くらいでしたが、それでも実感としては1年分くらいの充実感がありました。あのときぼくは31歳で女房は25歳でした。

2人とも嘘みたいに若かったですねぇ。それでも本人のぼくは(^^)あれからさして年取った気がしちゃいないから。その厚かましさが人間ってものの素直な心情なんだなぁとも思います。

バイク旅は雨が降ってきたらカッパを着ないとずぶ濡れだし、気温が低けりゃとにかく寒いくて身体が震えます。だから道中にある温泉が素直に嬉しい。感謝感謝。湯の中で冷えた身体がじんわりじんわり温まりほぐれてゆくと、それだけでハッピーを感じる。

健康であるうちは人の幸福は素朴にお安くやって来るもんです。

バイクに乗ってるとお尻も痛くなりますし、腹筋も使いますし、腹も減る。眠くもなる。きっとバイクの旅は楽ばかりじゃないから、そのぶん記憶が鮮明で、そのぶん振り返ると懐かしい。懐かしさの方でもぼくのことを待ってくれている気がします。

「時代はどんどん変わってしまうなぁ」と、たとえ思っていてもバイクで日本地図をなぞるように北から南へ、東から西へと、野越え、山越え、谷越えて走っていますとね、「時間の流れがここだけ止まっているのかしらん」と思えてしまう町に迷い込みます。

30年前のバイク旅のときだって驚いた。だから、きっと今だって、「世の中はコロナ加速ですっかり21世紀になっちゃって、なんどかもう、わけがわからん」と、この頃は深刻に思っちゃてはいるけれど、実際にまた日本地図をなぞるように走ってみたら、「ここら辺りは完全に時間が止まってるんじゃないか」って思える長閑な町が、この21世紀にもやっぱりまだまだあるような気がします。そんな町を発見する旅も楽しいなって思うわけです。

ぼくら人間はいつもいつも、自分が生活してるテリトリーで見聞きする日々の狭い了見だけに囚われて、ネット情報やテレビ情報だけで「世界はこんなに変わってしまった」って思い込んでしまうところがあるような気がしますから、そんな気分から抜け出すためにも、この眼で今の日本を垣間見れたら、思い込みだけで人生を大きく損することからも逃れられるかもしれない。

きっと1人の人間も色んな顔を持ってるように、この国だって、知らない顔みたいなものが、きっとまだまだたくさんあるのは間違いがない。その知らない顔をこの眼で見届けに行くのには、やっぱりバイクの旅が適してる気がすると思えば、たしかに楽しみになってくるもんですね。

走るバイクの荷台から見える景色は昔と変わっているのか、いないのか。海沿いの道を走り、水を引いたばかりの水田が両脇に広がっている国道の道を走り、遠くには頂に雪を残した山が春色にけぶって見えてきて。流れ去る田の畔には季節の野花が咲き乱れていたりするでしょうか。

旅が始まって5日ほどするころ、人の気持ちは旅の方にほんの少しだけ慣れてきて、それから5日、また5日と、5日ごとに旅の次元の中にどんどん気持ちが入っていって。ふだんの暮らしの気分はその分どんどん抜け落ちてしまう。そしていつしか夫婦2人と犬一匹で旅してる方の非日常の時間が、日常に変わっていくような、あの気持ちの乗り替わって行く感じがワクワクする。そして、すっかり旅が日常になった頃に我が家に戻ると、なんか見慣れているはずのご近所の風景さえ全く違う場所に見えてしまって驚くという、あの感じがまたワクワクする。

人間は不思議ね。

みたいなことが体験できるのが今から楽しみになってくるのは、やっぱり昔とった杵柄でしょうか。ということなんで、今年は夫婦で旅に出かけてみようと密かに心に決めたところであります。

では皆様、迎えましたこの新しき2022年もまた、どうぞ変わらずご贔屓のほどを願いあげ奉ります。いざ、皆さま、年の初めの船出であります。平和で呑気な社会に舳先を向けて、共に漕ぎ出してまいりましょう。
今年も1年、我ら「どうで荘」の前途に幸あれかし。

大家のうれしの敬白
2022年 元旦

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大家の藤村でございます。
最近の動きをまとめますと…

11日土曜日は、札幌で佐藤麻美さんの配信「スナックマミー」に出演いたしました。

私の半生を振り返る、という趣旨でございまして、気がつけば6時間半、わたし飲んでましたね。

ま、飲んでる時間としては普通ではありますが、生配信となりますと異例の長さ。でも半分以上は覚えておりません。

そんな中、マミさんが私の北大ラグビー部時代の写真をいくつか入手しておりまして、これらは大変懐かしく、盛り上がって話していたのは、多少は覚えております。

これなんかは、私の部屋で開かれたラグビー部の飲み会で、デーモン小暮さんのメイクをしている私が一番左側に写っておりますね。

もう、写真がとても古いですけども、ラグビー部の同期の記念写真も、初めて見ました。こんな写真があったとは。スナックマミー恐るべし!です。

後列の右端の赤いウィンドブレーカー着てるのが私ですね。

そして、翌日には完全なる二日酔いで東京へと向かい、13日からYouTube「藤やんうれしー」の旅企画で、北関東を旅してまいりました。公開は年明け早々。

で、翌14日は、ニコ動でいとうせいこうさんと勝俣州和さんと対談。同年代のおじさんたちと話すと盛り上がります。

印象に残ったのは、いとうせいこうさんがまだ雑誌編集者だったころ、なんと彼をテレビに引きずり出したのはHTBだった、という話。

当時、HTB営業部のトイズミという人がいきなり出版社にやってきて、テレビに出てくれと言いにきた、とのこと。ちなみにこの方は、後にHTBの社長となる樋泉実さんのことで、実はこの人が私の東京支社時代の上司で、私を制作部へと異動させた人。これはしかし、休憩中の雑談で出てきた話で配信にはのってなかったと思いますけども。

そして、勝俣さんは、西表のロビンソンを知っていて、その話で盛り上がりましたね。ちなみに勝俣さんと私は同じ昭和40年生まれ。

そして、16日は同じくニコ動で「もう中学生」と対談。彼は生粋のどうでしょう藩士で、DVDの副音声を聴きながらダンボール製作をしているとのこと。彼がどうでしょうに惹かれた理由は「旅情」。同じ藩士なら、彼との対談は必見です。

18日は、月イチで放送しているラジオNIKKEIの「ひげ千夜一夜」の今年最後の収録。放送は来週29日夜9時半から。今回は映像も収録しておりまして、翌30日からラジオNIKKEIさんの YouTubeチャンネルで配信されます。ラジオを聴いたことのない人は、是非ご覧ください。うつ病やガンを患っている方からの明るいメールが届くという、世にも稀なラジオ番組。日本の必聴ラジオ100選に選ばれておりますよ。

で、20日は次回どうでしょうDVD「初めてのアフリカ」の大泉さんパートの副音声収録がございました。

もうね、これは面白かったですよ。だってわたし収録中に、飲んでたビールを口から全部吹き出しましたもん。笑っちゃって。

いや、2年連続で紅白の司会をするような大泉さんがですよ、「おれはまだブレイクしたいんだ!」という野望を語り始めたんですよ。で、「実はわたしも大泉さんが紅白の司会をしようと、大河ドラマに出ようと、なんならM-1で優勝しようと、もう驚かないんだよ。じゃあ大泉さんが何をやったら驚くか?ということを考えたんだけど」と突拍子もないことを言ったところ、「藤村くん、それは僕もそれを考えていたし、もう用意してるんだ!」とわたしの前で実演してくれた時に、わたし、吹きましたね。さすが!と。

もうね、次回DVDの副音声、楽しみにしていて下さい。

そして、翌21日から今日23日までは赤平に行っておりました。

すごい雪でしたよ。でもこの雪の中でグッズ野口店長、バッタ屋今井さん、イベント屋五十嵐隊長たちと焚き火を囲んで飲んでおりました。そして、赤平市役所の方々と、延び延びになっていた一般公開の日取りも決めてまいりましたので、来年はみなさん!ここに来れますよ!

で、今日赤平から札幌に帰ってきて、その足で、ミスターさんとの副音声の収録をしてきました。

ミスターさんとは年明け早々から、2年半ぶりのオーパーツの稽古が始まります。おとついぐらいに台本が届きましてね、一気に読みましたけど、これは今までよりも話はとても面白い!そして、今回のキャスト、おじさんばかりですけど、ホント楽しみ!期待大!ですわ。

ということで、入居者の皆さまとは27日にイベントでお会いしましょう!

メリークリスマス!

あ、あとお買い物ページに新たなアイテムが追加されております。岡山児島産のこのパンツ、かなりいい出来ですよ。男女兼用、数量限定なのでお早めに!

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嬉野です。
この頃こそ、そんなに思うこともなくなりましたが、少し前までは、なにかと天気の良い午後に新幹線の「こだま」に乗って長い時間をかけて京都から東京へ向かったりするときには、流れてゆく車窓の景色を眺めるうちに不意に良い感じに侘しくて平和そうな佇まいの田舎町が目の前に展開すると、きまって「ひょっとして、ここら辺のどっかの家で、亡くなって久しい、お父さんとお母さんが、今も仲良く暮らしてるんじゃないのかなぁ」と、勝手に妄想してしまうときがあったんです。

新幹線の車窓に流れる景色なんて、すぐに流れ去ってしまうんですけど、それでもそんな風景を目にしたときは必ずそんな風に思ってしまって。きっと町の名前を教えられても、もちろん知らないし、聞いたことも行ったこともない町に違いないんでしょうけど。それでも、その時刻の穏やかな光の具合が私にそう見せるのか、すぐ近くに田んぼが広がっていたり、こんもりした森に小さな神社が見えたりして、どこか自分に好ましさを感じさせる風景というものがあるのでしょうね。そういうのを見てしまうと、ふと両親が、この町のどこかで二人きりで仲良く暮らしていそうに思えてしまって、次には居間でお母さんがお茶を淹れていたり、相撲が好きだったお父さんがNHKの相撲中継を見ていたり、二人で車を出して近くの町まで買い物に行ったりしているような幸福そうな夫婦の情景が勝手に浮かんでしまって、景色が流れ去ってしまったあとで、いつか新幹線を降りて、てくてくこの足で二人が暮らしている家を探して訪ねてみたくなるような、そんなおかしな気分になることがありました。

脚本家の山田太一さんが書いた「異人たちの夏」みたいな話ですよね。

あれも50近くなって、離婚して、独り身になった脚本家の男が、ある日、当てもなく入った浅草の演芸場で見覚えのある後ろ姿の男を見つけて、あとをついていってしまうんだけど、そのうちその男が、どう見ても自分が12のときに35歳で亡くなってしまった寿司職人だった自分の親父に思えてしまって、こんなに似ている他人のそら似というものがあるのかなと思っていると、不意にその男がくるりと振り返って、「おう。おまえ、うち、寄ってくだろ?」と当たり前のように話しかけてきて、そのまま不思議な懐かしさに魅せられたように、ついつい男の誘うままアパートまでついて行ってしまい、2階にある部屋の前まで来て「ここだよ。ほら、上がれ」と勧められて。「いや、今日会ったばかりの人の家に上がるのはやっぱり図々しいから」と、まだ遠慮がちなことを言いながらも、心のどこかではひょっとするとという期待が消せないでいると、果たして部屋の奥からにこやかに女が顔を出して「あら、よく来たね。早くお入り」と親しげに部屋に入ることを促してくれる、その女の顔が親父と一緒に亡くなってしまった母親でという話。

12歳で両親を亡くして以来、ずっと祖父母や叔父さん夫婦に育てられてここまで生きてきた男が、50近くなって、自分よりも年若い両親と、2人だけで暮らす部屋に招かれて再会するといった話が思い出されてくるんですよね。

なんでしょうね、自分が住み慣れた色濃い記憶のある実家で再会するというのではないという、そのシチュエーションが余計に、お互い「あれからどうしてた?」という穏やかさを連れてくるようでね。過去に戻って会うんじゃない、今という地点でお互い再会するというところがね、なんとも心慰められるんでしょうね。

そんなあるはずもないことが、それでも、あったとしても不思議はないと、私にはやっぱり思えてしまうんですね。

私が昔から怪談話が好きな理由も、きっと、この辺りにあるのかもしれませんね。

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藤村でございます

エアキャラバンが終わり、翌日からは会社で新作の編集をしております
現在、第4夜までが完成

髪型が懐かしの林家三平です

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嬉野先生による「引っ越しのご挨拶」はこちら

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