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D陣日誌
- スタッフより
2024.06.20
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嬉野です
日誌です。
さて私は、4月の初めに我が家をトゥクトゥクで出発したままだった女房とワン公1匹と、先日九州の佐賀で合流し、久かたぶりのファミリーでのキャンプ旅をしております。
キャンプ場は無料で予約の要らないところもあって長旅の女房にはこういう行き当たりばったりで思いつくままに泊まれるキャンプ場が都合が良いのでたくさん知っております。
さて、今はまだ五月です。
昼間の陽射しは真夏でも、木陰に入れば冷たい風が吹いてきますからキャンプには最適のシーズンです。
おまけに朝夕ともなればぐっと気温も下がりますのでテントで寝起きするのはまことに爽やか。
おまけに今回は、夜の8時頃になるとテントの周りで騒ぎ出す小さな子どもたちの声に「なにごと」と促されテントの外へと這い出してみれば辺りを飛び交うホタルのヒカリの情緒に慰められました。
九州のホタルの光は青白く、とても明るいのです。真っ暗なテントの中に放すと天井に止まった光がポトリと落下するその様は、まるで火の粉が落ちたようにも見えてハッとするほどです。
とはいえキャンプは痒いですよ。
気がつくと体のあちこちで痒いです。
ま、痒い原因はおおむねは蚊なのでしょうが、でも、蚊に血を吸われたとして、どうしてそのあと痒くならないといけないのだろうと私は先ほどムヒを塗りながら不意にバカバカしく思わないでもなかったですよ。
だって血を吸われた上に痒みで不快な思いまでさせられるなんて蚊もずいぶんとアコギな真似をするじゃないかと恨めしく思えてきたのですよ。
いえ、なんなら血を吸われたことより痒みの方が不快です。だから私としても、にわかに起こった足の指、手の指、首筋の痒みにじっとしてはおれず、「痒い痒い」と苛立ちながらムヒを探しムヒを塗り、「このままにして置いては安眠もままならない」と、テント内の蚊を皆殺しにすべく、深夜、ランタンを灯し香取線香を取り出してテント内で焚くわけです。
テント内は狭いのであっという間に蚊取り線香の放つ金鳥の夏ニッポンの夏的な香りと煙で満たされますから、しばらく待つと、あれはわざと私の耳元で聴かせようとするのでしょうか物凄く無念そうに恨めしそうにワーンという羽音をさせると蚊は断末魔を迎えたか、そのあと私はいっさいの痒みからフリーになったわけです。
とはいえ、私は気になるのです。
「なぜ蚊は、私の血を吸い🩸そのあと痒みを伴う体液まで注入してゆくのか」と。だって痒みをお見舞いするのって蚊にとってものすごく損だと思えるのです。痒みさえ無ければ私は、いや人類は蚊に血を吸われたことに気づくことすらないのですから。だったらその方が吸い放題で得じゃないですか。
それなのに血を吸うだけでなくそのあと痒みを伴う体液まで注入して行くという蚊の律儀な行為は、結局、人類の方に益をもたらすとしか思えないわけです。
この痒みがために人類は「蚊に血を吸われた」ことに気づき、これを不快に思うから「蚊に血を吸われることは良くないことだ」と理解するし、安眠のためには、「蚊は根絶やしにしないといけない」と、子供のころから実地に体験して成長するのですから、蚊にはものすごく損な刷り込みとなるはずなのです。
あの痒みさえ生じさせなければ蚊は血を吸い放題だったはずでしょうし、いや、もっと大胆に踏み込んで、痒みではなく強烈な快感に通じる刺激を伴うような液を注入していたなら、蚊は、もっと安全に血を吸えた上に、人類の蚊に対して抱くイメージすら根底からガラリと変わっていたはずなのに。
それがそうはならなかったのですから、そこには誰かが危険を伴わせるルールを蚊に対して差配したとしか思えないわけです。
なんにしても、有志以来、平安時代、鎌倉時代といったクーラーのなかった日本の家は夏を旨として作られていたわけですから、蚊帳と蚊取り線香が発明されるまでのニッポン人の夏は、高貴な方も下々の方も痒みとの闘いだったんでしょうねぇ。
そしてそうやって寝苦しく起き出したニッポンの夜に、ニッポンのみなさんは、嫌というほどの数のホタルの光を蚊を追々眺めていたんでしょうね。
それではまた。
本日の日誌は嬉野でした〜
どうでもいいようなサゲでしたね。
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どうで荘での居候が続いている。
御存知、リアルどうで荘、神奈川県川崎市中原区にあるどうでしょうD陣の配信拠点。
そこに居候をしているわけだが、配信拠点なので当然機材が多く配置されている。
高価でないとありえない画質のカメラが串刺しになった(もっと正しい表現があるのだろうけれど、無知ゆえにわからぬ)三脚が屹立し、照明機材も林立。マイクも何種類かがギリスの近衛兵の帽子みたいな頭(なんて言うんだあれは。マイクの部位の名前もわからないし近衛兵の帽子の名前もわからない)をもたげている。パソコン、どでかいモニター、そのほか使途不明の、官房機密費みたいな、高そうな機材。そして床、机の上でとぐろを巻いているのが各種コード・線類である。
この線類がなかなかのくせ者。
配信というのは一個の機材でできるわけではなく、いくつかの機材の協力のもとに行われる。
その機材の接続、連絡を取るのがこれらの線。玉木青が配信を仕切っているとすると例えるならば彼が殿様である。織田信長である。
各機材は能力のある武将たち。羽柴秀吉柴田勝家丹羽長秀。
そして各種コード・線は連絡役。母衣武者ということになる。つまり毛利新介、野々村三十郎と言ったところになる。コード・線類は毛利新介なのだ。
これ、逆にわかりにくくなっているな。
逆の説明で使うべき例えだ。母衣武者とか毛利新介を説明するときの例え。
さて、我が部屋の毛利新介なこと線・コードの類なのであるが、これがなかなかの荒武者、猪武者、蛮勇と言っても良い性格だ。
もちろん仕事はできる。いつも通信は快適。しかしながらとにかく素行が悪いというか態度が悪いというか、要するにいつもぐちゃぐちゃなのだ。
ぐちゃぐちゃなどという言葉では表現できないくらいである。ぐぢゃぐぢゃ、あるいはぐぢゃんぐぢゃん、ぐっぢゃんぐっぢゃん、って感じなのだ。
現代社会くらい複雑に絡み合っている。アレキサンダー大王やったらブチ切れて一刀両断しているくらいの混迷ぶり。ゴルディアスの結び目。いや、ゴルディアスの毛利新介状態。
玉木青が配信を指揮する際に、何やら線の付け替えなどを行うこともあるのだが、もう、その苦労と言ったた筆舌に尽くしがたいものがある。
だって、一本の線を手繰り寄せたら線全部が混然一体となって「ゴゴゴ」という感じでこちらへ近づいてくるのだ。スムーズな作業などできようはずもない。
玉木青、そういうことがおこるたびに「コードを整理しましょう」というのだけれど、やはり混然一体となってまがまがしい気を放っている、メデューサの頭にも見えなくないそのコードの黒塊を見ると、我々の意志は削げ、石のようになってしまうのである。
居候には感謝が重要だ。ということをインターネットで観た僕も、感謝の意を伝えるべくコードを整理しようかと思ったこともある。
しかしながら生来愚鈍無知蒙昧因循姑息惰気満満たる玉田玉山である。
手を付けようとはしたものの、多種多様のコード、まさに八百万。
HDMIやらAC、USB、AUX、DVD、果てはSONY、Panasonicの文字も恐ろしく、イヤホン糸くず抜け毛までもが一致に団結をしているものだから手出しをすることができない。
僕は震えて眠るだけである。
そんな状況でもまあ何とかコード同士、見た目には混迷を極めていたとしても、連絡を取り合い、配信等に支障が無ければそれでいいのだ。が、そうもいかない場面というのが近頃散見されている。
コードというのはコンセント類からの給電の役割も果たしているわけだが、その給電の役割のコードが抜けておることがあるのだ。
こうなると起動すべき電気機器が起動をせず、配信に重大な支障をきたすことになる。
何故、そういう仕儀になってしまうのか。
僕がコンセントを抜いているのである。
いや、こういえば配信への妨害行為即刻退去の所払い、武蔵新城より10里の外より近寄ってはならぬ。と思われる読者諸君も多いだろう。
しかしそんな妨害などという強い意志を持たねばできないことをできるほど僕には意気地というものがない。
これすべて我が暗愚の為である。
居候の寂しさは夜に来る。そういう場合は夜の街に繰り出す。と言っても寂しさと人の誘いのタイミングが合一するタイミングはまれだし、寂しいからと言って人を誘い呼び出し、寂しさをぶつけるような酒に突き合わせる度胸も自信もない。
結句行きつけのバーに行き、喋る。ということになる。バーというのは街の中でそういう地位を占めているのだ、ということを最近はとみに思う。
キャバクラ、ホストクラブ、スナック、ガールズバー、メイド喫茶、コンカフェ。そういったものの意味というのが一人で都会に暮らしてわかってきた。
僕の行きつけといえるバーは新宿、四谷三丁目、高円寺に一軒づつある。
ここへ出かけて、あるいは仕事帰りによって、喋りながら酒を飲む。
あのバーという空間へは皆がある程度そこにいる人と話をしに来ている。
うーん、進次郎のような話になるが、バーに来ている人は全員バーに来ている人、なのだ。
であるから知らない人が相手でも、なんだったら人見知りの僕だが、行きつけのバーであると、場所見知り、もないのでかなり話ができる。いや、相手の話を聴いているだけで面白い。寂しさに目が向かなくなる時間だ。
そうこうしているうちに23時を過ぎたあたりで終電。
さすがに朝まで飲む体力も財力もないので帰宅をすることになるが、3つの行きつけ、すべて武蔵新城から遠いのだ。
1時間くらいは帰宅に時間がかかる。
この1時間、ずっと座っていれれば楽なのだろうが、そうはいかない。混んでいる。さらに乗り換えも多数。そして人のことを言えた義理じゃあないが、とにかく電車全体が酒臭く気分が悪い。今から一人の居候のねぐらに帰るのか、と思うと突如として寂しさが吹きすさぶ。詮無いことだとわかりながた、酔った頭には大阪に置いてきたネコと妻の顔が浮かぶ。郷里の祖母の顔が浮かぶ。亡くなった母の顔が浮かぶに至って涙が出てくる。
母の顔が浮かんだあたりでやっと武蔵新城に着くものだから、コンビニでヘパリーゼ等各種肝臓機能補助製品と、もう一杯飲む為の酒を買ってどうで荘に帰ることになる。
飲酒と1時間の移動により意識は朦朧である。
鍵を開ける。ドアを開く。倒れこむように体を押し込む真っ暗などうで荘。電気をパチッとつけると撮影機材。モニター。DVDの山、山、山。
皆さんに貼っていただいた床にどったりと倒れこんでひとしきり「あー…」だの「のみすぎたあ…」だの唸った後に、手慰みにTwitter(現Ⅹ)を観ようとすると、スマートホンの電池切れが間近。これはいけない、這うようにして電源タップに近づく。当然すべての電源は埋まっているから一生懸命手を伸ばして手近なコードを抜いてそこに携帯の充電器を指す。
そう、長くなったが、この手近なコードが重要なコードだったりするわけである。
そしてべろんべろんに酔っ払っているのでその重要性を認識せずに眠る。
起きるとすべてを忘れて健やかになってしまっているので、もう抜かれたコードはそのままだ。
そうなると後日の配信に支障をきたす。
と、こういう流れになるわけである。
全て我が暗愚より来ているというのはそういうわけだ。
今迄配信に支障をきたすたびに「なんで抜けているんだこのコードはわからんねえ」という顔を玉木青に僕もしていたのだが、すまぬ、あれは酔っぱらった僕が抜いている。ここで懺悔をする。
今後はやるまいぞとは思っている。しかしどうすれば防ぐことができるのか、というのが皆目見当がつかん、さて、と懊悩しているとにこの度、新しいスタッフYこと横山清正氏がその持ち前の粘り強さでこの線のぐちゃぐちゃを整理しきったのであった。
中々できることではない。
整理すると意外と空きの電源口も確保されるもので、今後はそこに充電器を刺せば事足りる、という状態となったのであった。
降ってわいた平和を寿ぎ、後はまたコードがぐちゃぐちゃにならないよう、注視していくことが、居候の僕にできる平和維持への努力であろう。
しかし横山清正、すごい男である。よくもまああのようなコードを整理しきったものである。ゴルディアスの結び目も、彼さアレキサンダー大王の傍にいれば、一刀両断されることもなかったかもしれぬ。心強い人間がスタッフになったものである。皆もどうぞ彼を頼りにしてください。
僕のことはここまで3000文字書いてきたようななことですからあまり頼りにせずに、期待もせずに、どうか優しく見守ってくれると嬉しいです。
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