シャープさんとヤンデル先生の相談室
〜ただまぁ、打つ手はないです〜
第15回
「公式」の先駆・シャープさんと、つぶやく病理医・ヤンデル先生が!
悩みを聞くだけ聞いて解決しない相談室を架空のアパート「どうで荘」で開設。
入居者からの「相談」に、各自の持ち場から答えていただきます。
お悩みはこちらからお寄せください
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☆今回のお悩み☆
足の爪を切ることを日々の糧にしています。しかしながらあまり訴えてくれる患者さんがいなくて、自分の職業に必要性があるのか、存続の危機を迎えそうです。どうか足の悩みを気軽に打ち明けていただくにはどのようなアプローチがありますでしょうか?お教えいただければ幸いです。
PN: 碁盤街のマリー
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碁盤街のマリーさん、こんにちは。いいペンネームですね。
私が毎週楽しく聴いている深夜ラジオ、「東京ポッド許可局」のプチ鹿島さんであれば、このペンネームを聞いた次の瞬間、「いいですよ~」とおっしゃってくださることでしょう。「関わる人をちょっとクスッとさせる」というのは、本当にすばらしいことだと思います。その感性、大事になさってください。
もっとも、このペンネーム、ラジオで読まれて音だけで聞くと、普通に「五番街」と思われてしまって面白さが半減するというリスクをはらんでいますが……ここはインターネット、文字の世界ですからなんら問題はございません。いいペンネームですね。
さて、お手紙を拝読しました。ちょっと奥を読む必要がありますが、あなたはつまり「フットケア」のスペシャリスト、なのでしょう。そうですよね?
一般にはあまり知名度がないですけれども、介護の現場では見逃せない職務です。水曜どうでしょうで例えるならば、BgBee(ビジービー)の松村画伯がお描きになる「いぶし銀レスラー」みたいな存在です。シブくて確かな実力。
高齢者はもちろんのこと、私のような中年にとっても、ときにはお若い方でも起こりうるのですが、「足トラブル」は手強いですね。爪の水虫などが原因で、歩けなくなったり、重い病気にかかってしまったり、ほかの病気が治るのをさまたげられたりといったことがたくさん起こります。これはもう、世間で知られている以上にはるかに高頻度で起こりますね。
そういったトラブルを一気に予防する方法が、「足の爪切り」をはじめとするフットケアなわけです。
えっ、それだけ? と思われる方もいらっしゃるでしょうが、じつは高等スキルです。
そもそも我々にとって、自分の足の指の爪を切るのは、手に比べるとどことなく適当になりがちです。足の親指の爪は硬くて切りにくいし、薬指あたりは普段あんまり意識してないから左手を添えるとなんかフゴッって変な感触がするし(?)、コンビニで売ってるような普通の爪切りを使っても上手に切れないことが多いですよね。
自分の足ですらそうなのに、まして、他人の足の爪なんてホント、切るのはとっても大変なわけです。
ですから患者さんの足の爪を上手に切るにあたっては、専用のニッパーを選んだり、訓練を積んだりする必要があるわけです。マリーさんはそれをなさっている、ということですね。
違ったらごめんなさいね。でもまあ、違ってもいいです。7割くらい合ってたらそれでオッケーってことにしてください。
さて、フットケアの重要性と、スキルの専門性についておさらいをしたところで……マリーさんはこう書かれました。
「足の悩みを気軽に打ち明けていただくにはどのようなアプローチがありますでしょうか」
なるほどー、フットケアって、まずそこが難しいんだなあと、純粋に私は興味を持ちました。いわゆる、「本人にまず悩みとして認識してもらわないと成り立ちづらいケア」なのですね。
私はこれまで、介護の場面では、
(1) 本人が「こうしたいが、できない」と思っていることをサポートする仕事
例: 寝起きが大変だから手伝ってほしい、食事がうまくできなくて困っている、お風呂に入りたいが一人では難しい、など
(2) 本人は別にそうしたいとは言っていないけれど、やっておくと本人のためになる仕事
例: 歯磨きをちゃんとして口の中をきれいにする、寝ている方の姿勢をときどき変えて床ずれを防止する、など
の二つがあるんじゃないかなと、なんとなく思っていました。でも、マリーさんの「フットケア」のことを思うと、
(2.5) 本人がそのケアの価値に気づけば絶対やってほしがるはずなんだけど、そんなケアがあるなんて思いもよらないからやってほしいって言われない仕事
があるんだなってはっきり実感できたわけです。いやーなるほどね。
マリーさんの言う通りですよ。
「患者に悩みを気軽に打ち明けてもらいたい」。
そこが達成できれば絶対に人の役に立つ仕事ですからねえ。
患者自身がそこに悩みの原因(もしくはコア)があると気づいてはじめて、ケアの意味が発揮される、みたいなことがあるんだな。
となると、ああそうか、突然ひらめいたんですが、マリーさんのお悩みってのはつまり、「広報の問題」なんですね。
昔、糸井重里さんが西武の広告に「ほしいものが、ほしいわ。」という秀逸なキャッチコピーを出したそうです。すごいですよね、これ。店側がこれを提示することのニュアンスの、濃さと深さ。
そして、医療に関わる人びとだったらなんとなくわかっていただけると思うんですが、患者さんもときおり、我々医療従事者に、「(具体的にはよくわからないけれど)私がしてほしいことを、先読みしつつ、してほしいわ。」くらいの態度で接してこられます。
となると我々は、「きっとあなたはこれをすると気持ちいいと思いますよ」という広報的ムーブ込みでケアをしていく必要がある。
ああ、だったらこれ、シャープが得意ですよね。みなさんシャープの回答を読みましょう。読みましたか? 今月は無料公開がシャープの順番なはずだからもうみんな読みましたね。
まあ、広報の問題じゃなくても彼のお答えはいつもすごく優しくて思いやりがあってハッとさせられてホホウてなってナルホドってなるけど……今回は特にシャープ案件だと思いました。だから私からは特に打つ手はないです。ヤッター終わり~~~~
……というわけにもいかないので、えー、私からも、ひとつ駄文を追加します。
マリーさんの場合、患者さんの方を向いて「どうしたら悩みを打ち明けてもらえるかなあ」と考えるのはとっても、とっっっても大事なことですけれど、それをわかった上であえて申し上げます。
たぶん一人で患者の方を向いて考えてもいいアイディアは出ないです。
なので、医療者の側を向きましょう。
たとえば。
「患者の足の爪をきれいにしたらこんなに患者から喜ばれますよ!」みたいな体験を、ほかの医療従事者と共有しましょう。
あるいは。
「患者の足の爪をきれいに保てば、長い目で見るとこれだけのメリットがある!」ということを、ほかの医療従事者がいつでも調べられるように(ググったときにたどり着けるように)、資料を作りましょう。
その過程の中で、患者さんから気軽に足の悩みを打ち明けてもらうにはどうしたらいいか、そのコツみたいなものも、一緒に学ぶことができると思います。
あー……マリーさんはそういうの、いわゆるコミュニケーションとか勉強は、得意ですか? 自分の経験をまとめて資料を作り、ほかの医療者とやりとりをすること。
もしこれが、しんどいとしたら……。
なあに、心配しなくて大丈夫です。自分で場を設けたり資料を作ったりするのがしんどいときは、「先輩」を頼りましょう。
「フットケアの体験を共有したい!」と思っている先輩医療者を探して、話を聞きましょう。「フットケアの資料を作ったから見て!」と言っている先輩医療者を探して、資料を読んで、リアクションを返してあげましょう。
先輩といっても、もちろん年下でもかまいません。先にやってる人、くらいのニュアンスです。
「フットケアの大切さをみんなにわかってほしい」と思って資料を作ったり発表したりしている医療従事者は、必ずいます。
どこにいるかって? ネット? まあそれも悪くないですが。
本当にしっかりやっている人たちというのは、「学会」にいます。たとえば、日本プライマリ・ケア連合学会ってのをこないだ見ましたけど、ああいうところで現場の経験が共有されています。「フットケアの重要性について」みたいなセッションが必ずあるんですよ。看護系とか介護系の学術集会を探してみてください。
専門家同士が集まってあーでもないこーでもないと議論する場所では、必ず「フットケアがこんなに役に立つんだから、患者にもっと気楽に頼ってもらいたい」みたいな、マリーさんと同じような問題意識を持った人がいます。
それを利用しない手はない! と思います。
これが商売だったら、「企業秘密」みたいな概念がジャマになるのかもしれませんが、医療の場合は、多くの人が「より多くの患者をたすけるために」という気持ちで、情報をきちんとシェアしてくれます。出し惜しみなんてないんですよ。
だからみんなで手を組みましょう。
患者さんと一人で向き合うのではなく、医療従事者みんなで肩を組み、チームで患者さんのほうを向くのです。
ずいぶんとまじめな回答で、かつ、なんかめんどくさいことを言い始めたぞ、と思われるかもしれないのですが。
「患者さんに悩みをどうやったら気軽に打ち明けてもらえるか」みたいなお悩みはですね……。私はその……本当に……この連載企画だから言っているんじゃなくて、心の底から……「わかりやすく打つ手はない」と思っています。
いや、実際のところ、看護や介護の現場にいる人たちは、誰もがめちゃくちゃがんばっており、実際にさまざまな手を打っています。
でも、患者全員にあてはまるケアってのはないんです。人と人との相性が絡む案件に、単一のお答えでなんとかするのは難しい。
看護の神様みたいなベテランナースでも、普通に患者からスマホ投げつけられたりします。
サボってばっかりいるダメ介護士が、ある老人とだけは意気投合してすごくいい介護をしたりします。
したがって、「患者に気軽に悩みを打ち明けられる人間になりたい」みたいなお悩みからは、これ、マジな話で、「いやーそれはほんと人それぞれだからなんともはや……」みたいな、「打つ手がないムード」をビンビンに感じます。
「悩みとしては万人に共通しているんだけど、ベストな回答はひとりひとり違う」。
むっずかしいです。
特効薬みたいなお答えはないんです。
ですから、私から申し上げられることが「即効性はないんだけどとりあえず同じ悩みを持つもの同士で対話をして、この話について考え続けよう」になるわけです。いいですか? みんなでやりな、ということです。
そんな発想で日々暮らしている私の話はいいとして、今回のシャープの回答をもう一度読んでみてください(たぶん先に読んだでしょ?)。私はこの原稿を書いている時点でまだ読んでいないんですけれども、彼の距離感で書かれた回答を読むと、おそらくだけど、読んだ人びとのうち何人か……何百人かは、何かができるようになる気がする。
今までの回答も全部そうだったけど、今回のは特に、彼が本気で日頃からフワフワ考えていることに近いお悩みじゃないのかなあ。たぶんだけど。
くり返しになりますが、今回のお悩みの根幹にあるのは、医療における「広報」の話かなーと思っておりまして、えー、言い忘れましたけれど私はこう見えて、12年くらい医療の広報のことを考えている人間でですねえ、これがマーその、難しい話で、それこそ医者がさじを投げるってこういうことなんだろうなというか、部屋中にスプーン散らばってるというか、とにかく我々医療者がかなり苦手としているジャンルのお話しなんですよ。「どうやって患者さんに、もっと気軽に医療にアプローチしてもらうか問題」。
我々医療者は、ひとたび覚悟を決めて病院に来てくださった人や、「こういうことをしてほしい」と願って医療者に話しかけてくる患者さんに対しては、いろんなプロの技術を用いてお応えすることができるんですけれど、「まだ病院に来ていない人」とか、「何をしてほしいかわからないけれどただ幸せになりたい人」に、こちらを向いていただくための手法をあんまり持っていなくて、端的に言うと広報力がゴミなんですよね。
一方、シャープの……山本さんの回答は、そこを何か太い心持ちで(ところてんではないです)、貫いてくれるような予感があります。だから何度か読んでみてください。原稿見てないけどこれはもう確信に近いね。いいですか? 一度読んでほうほうって終わりにするんじゃなくて、何度も読んで噛みしめる。言葉の奥にあるものを、「なぜ彼がそう書くに至ったのか」という感情の部分を探ってみてください。
ああ、そうそう。
あなたのその「碁盤街のマリー」っていうお名前が表している、あなたの根本におそらくあるであろう「ホスピタリティのカタマリ」みたいなもの、たぶん患者さんをほぐす効果を持っていると思います。いいですよ。ご健闘ください。
以上、「ペンネームをほめる」「シャープをほめる」が本日の私の打った手でした。ほかはまあその打つ手はないです。
どうで荘のみなさま、こんにちは。ご入居の方々におかれましては、それぞれの持ち場で日々あくせく働かれているでしょうから、とにもかくにもご健勝のこととお慶び申し上げます。私もそれなりにあくせく働いております。昔から私は、それが儲かるか儲からないかとは別のところで、他人の生業の話を聞くのが好きでした。知らない職業の話はいつも興味深いし、いつかみなさんの生業もお聞きしてみたいものです。
さて、今月のご相談です。私は一読してなんのことかわからず、相談文を繰り返し読んでようやく理解しました。これは「生業」のお悩みですね。相談者さんは生業が振るわず、シンプルに言うと、来客が振るわず、お悩みでいらっしゃる。つまるところ、相談者さんの生業をだれかに知ってもらうには、そして足の爪を他人に切ってもらうことを自分ゴトと認識してもらうにはどうすればよいか、という課題かと思われます。これはもう、広告とかPRと呼ばれる仕事の出番でしょう。ふだん私がネットを舞台に生業としていることにもつながります。
いきなりですが、相談者さんはこの課題について、すでに自力で解決策を編み出されています。それは「接触した人の興味をひく」ということです。その第一関門を相談文の冒頭でクリアされています。なぜなら私がいま、相談者さんの生業に少なからぬ興味を惹かれているからです。私は「足の爪を切ることを日々の糧にしています」という一文に、ガツンとやられてしまったのでしょう。
少なくとも私は、足の爪を切る「生業」を知りませんでした。思わず「爪 切る 職業」と検索したくらいです。そして私は、世の中に「フットケア」というサービスがあることを知りました。びっくりして、ますます興味がわきました。私と同じような人はたくさんいると思います。あなたの職業をまだ知らぬ人が、おそらく膨大にいる。そして知ると、新鮮に驚く。ここにまず、相談者さんと相談者さんの生業には広大な可能性があると思います。
知った時に驚きを感じてもらうには、まず「知らなかった事実」を強烈に印象付ける必要があります。言い換えれば、知ってもらうための端緒に立つには、出会い頭のインパクトが動力として必要です。ここでは「足の爪を切ることを日々の糧にしています」という自己紹介こそがそれでしょう。名刺でもチラシでもサイトでも、その自己紹介をキャッチコピーにすれば、相手の脳内には「なにそれ?」と知らなかった事実が立ち上がり、相談者さんの生業への認知は増えていくにちがいありません。
もちろん、課題はそこでクリアとはいきません。関門はさらに続きます。知って驚き興味を持ったとしても、行動を起こすまでには深い深い谷があります。爪や足のケアを行うサービスの存在を知り、相談者さんの生業に深い興味を持ったとしても、お店へ足を運ぶにはまだまだハードルは高いでしょう。たとえ近隣に住む人であっても、ちょっと行ってみようと行動を促すのは容易ではありません。
次に鍵となるのが、私は「名前をつけること」だと思います。足の爪を切ってもらう行為、足の悩みをプロに相談する行為へ、名前をつけるのです。われわれは「そうすること」に名前がつくことで、行動のハードルはぐっと下がります。そして名前が普及するにつれ、名前の行為と社会との間にコンセンサスや信頼が育まれていく。そこでようやく、行動する人は加速度的に増えるのです。
町中華や街コン、あるいは婚活や推し活という名前と現象を例に思い浮かべれば、よくわかると思います。未知は名前がついてはじめて、その存在が前景化し、やっと人間は行動に移すのでしょう。ですから相談者さんは、あなたの生業に名前をつけなければいけません。あなたは自分のお店の名前をアピールする前に、あなたに足の悩みを相談し、あなたに足の爪を切ってもらう行為に名前をつけ、名前の普及にコツコツと勤しむ必要があると、私は考えます。
それは商売としてどこか遠回りに感じられるかもしれません。しかし、知られていない行為を生業として持続させるには、案外と大切な活動だと思います。おそらく冷凍庫や洗濯機だって、それが普及する前の黎明期には、食材を冷凍保存する行為や衣類を機械で洗う行為に、「名前をつけて」「名前を普及させる」ことを必死に行ってきたはずですから。
たとえば、あなたに足の悩みを相談し、あなたに足の爪を切ってもらう行為を、歌に乗せるのもいいかもしれません。相談者さんのお名前を見るうちに、フットケアの歌が聞こえてきました。それでは聞いてください。
『碁盤街のマリーへ』
碁盤街へ行ったならば マリーの家へ行き
どんな足をしているのか 見て来てほしい
碁盤街は古い町で 昔から足や爪で
きっと悩んでいると思う たずねてほしい
マリーという娘と 遠い足を思い
つらい悩みの足音を聞いた それだけが 気がかり
ただし、いくら多くの人がメロディを口ずさめるといって、こんな都合のいい宣伝が大衆の唇に乗るとは思えません。だれかに知ってもらって、自分ゴトとして認識してもらうのは、かように難しいものだと思います。私の生業もままならぬものです。ただまあ打つ手はありません。
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【回答者プロフィール】
山本隆博
@SHARP_JPの運営者。どうでしょうをサラリーマン目線で見直すのが好きです。
病理医ヤンデル/市原真(44)
好きなどうでしょうはユーコンです。