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シャープさんとヤンデル先生の相談室
〜ただまぁ、打つ手はないです〜

第20

 

「公式」の先駆・シャープさんと、つぶやく病理医・ヤンデル先生が!

悩みを聞くだけ聞いて解決しない相談室を架空のアパート「どうで荘」で開設。

様々な「相談」に、各自の持ち場から答えていただきます。

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☆今回のお悩み☆

こんばんは。先ほど同期の裏アカと思われるTwitterで「同期にモヤっとする」という発言を見てしまいました。

つい私も裏アカからいいねを押してしまい、会社や先輩の愚痴やらをスクショしてしまったところ夫にドン引きされてしまいました。
ここで相談です。特定可能な愚痴を世間に垂れ流す同期と他人の裏アカをニラニラ楽しみにしている私、どっちが性悪でしょうか。
(P.N インキー子虎)
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どうで荘にご入居のみなさま、きょうもきょうとて、自分の後ろめたさを持て余してますか。きょうもきょうとて、私もです。私の半分は後ろめたさでできている。他人に言えない、見せられない自分など、いくらでもあります。満ち欠けする月をいつまで眺めても、決して月の裏側は見えないように、日々感情の起伏を見せる人をどれだけ見つめても、その人の全貌は結局のところ見渡せないのかもしれません。

見えている自分が自分のすべてではない。そのことは本人だけが実感できることです。本人だけが、見せていない自分の部分を見ることができる。その見せていない自分は案外と膨大で、しばしばその扱いに自分で困ることがあります。むくむく膨れあがる裏の自分が次第に表の自分を圧迫するようになった時、われわれはなんらかの対処を必要とするでしょう。放置していたら、見せられない自分が見えてしまう自分へ、裏返ってしまいますから。

私が言うまでもないことですが、物語の創作とか、音楽や絵といった表現が、そういう時の対処法を担ってきたのだと思います。自身の内側にうごめく、見せられない自分を鎮めるために、芸術が果たしてきた役割は大きかったはずです。翻って言えば、見せられない自分が抽象をまとって表に差し出されるからこそ、だれかの芸術はだれかを強烈に惹きつけるのかもしれません。

しかし現代、見せられない自分を鎮める方法は、スマホによって驚くほどカジュアルに獲得されるようになりました。SNSにおける裏アカがそれです。かつては文字通り「心血を注ぐような」時間と労力を投じた表現の先にようやく鎮めることができた「見せられない自分」が、いまや文字通り「吐き出す」ほどの気軽さで「見せられない自分」をなだめることができます。

それが人類にとって有益かどうかはわかりません。私自身は、こまめに吐き出すことで見せられない自分がコマ切れにされ、ドロドロと自分が積層した表現の生まれる機会が失われてしまうことに一抹の残念さを感じます。現代は小さな負が撒き散らかされる一方、積もり積もった負を表現した巨大なパワーが巨大な共感を得る可能性が失われてしまったのかもしれません。しかし手軽に裏の自分を吐き出せる手段があったら、だれだってそれに手を伸ばすことは容易に想像ができます。私でもそうします。ストレスだってこまめに解消するのがコツなんですから、見せられない自分だって、こまめに成仏させるのが肝心なのでしょう。

だから相談者さんの同期も、なんらめずらしい存在ではありません。裏アカを所持し、そこでふだん言えないことを垂れ流す行為は、別に非難されるようなものではないと思います。そして裏アカで同期の裏アカを覗こうとする相談者さんもまた、非難されるものではないでしょう。なぜなら、人間は人間の裏側を見たいと欲望するものですし、見せられない自分とは結局のところ、だれかに「見られること」でしか成仏できないからです。

おそらく相談者さんの同期も、虚空に向かって「見せられない自分」を吐き出しているわけではないと思います。裏アカはただの独り言ではありません。相談者さんの同期は、見られるかもしれないリスクを心血にして、見せられない自分を鎮めようとしているのではないか。あるいは、見せられない自分をだれかにそっと肯定してほしくて、裏アカで吐き出す行為を選んだのではないか。相談者さんが「特定可能な愚痴」と書かれていることからも、私にはそういう風に思えて仕方ありません。

であるなら、相談者さんが(たとえ裏アカからとはいえ)その愚痴にいいねを押したことは、相談者さんの同期が持て余す後ろめたさをいくばくか解消させたのではないか。その人の裏のかけらに成仏をもたらしたのではないか。相談者さんの夫さんはドン引きされたかもしれませんが、私は相談者さんの衝動をむしろ賞賛したいと思います。

こういう時いつも私は、ファッションのことを思い出します。ファッションは「自分がほかの誰よりも際立って個性的にありたい」と願って、自身の装いを案じます。私たちは他人と被らないように、他人と見分けがつくように、他人とちがう服を着ようとします。しかし同時におしゃれの追求は、それをあなたの個性として認識してくれる他人を必ず要求します。私はほかと違うという記号は、あなたはほかの人と違うねと受信されないと成立しません。自分が他人と似ないようにしながら、自分と似た他人を探す。ファッションには、そういう矛盾した欲望が内在していると思います。

たぶん裏アカの愚痴も、どこか似ているように思うのです。見られたくないけど見て欲しい。わかられたくないけどわかられたい。そういうアンビバレントな欲望が同期の裏アカから発せられているのなら、相談者さんがそれを受け止めてあげたと考えることもできます。それはある種の人助けです。

しかし、しかしですよ。スクショはいかがなものでしょうか。いずれ本人に突きつけることもあろうかと、万が一のケースを考えるのはどうかと思います。そこはやはり、受信したサインだけをそっと残すのが人間関係です。だから「スクショを撮った」という点において、性悪なのは相談者さんの方に軍配が上がらざるをえません。

ですがそこはほら、陰気(インキー)だとペンネームで自称されるあなたですから、ご自身の裏に潜むうしろめたさは重々おわかりかと思います。見せられない自分を見れるのは自分だけです。あなたの性悪さを知るのはあなただけなのです。ただまあ、打つ手はありません。

 

 

こんにちは。ご相談をお送りいただきありがとうございます。

まず、私の理解がずれているとお返事もずれてしまいますので、いったんお話しをまとめさせていただきます。

あなたは、前提として、

・お勤め先の同期の裏アカを把握して追いかけている

わけですね。そして、

・その同期の方が裏アカで、「同期=あなたにモヤッとする」と書き込んだ内容を見つけた

ということだと思います。同期の方から見た同期イコールあなたですよね。もしかしたらあなたを含めた数名かもしれませんが、そこは情報が足りていないので、間違っていたらご勘弁ください。

そして、

・あなたは自分の裏アカ(たぶん同期の人にはそうとはばれていない)を使って、「自分に対してモヤッとする」と書いた投稿にいいねをつけた

ということですが、これはちょっと深読みが必要です。いきなりあなたの裏アカにいいねを付けられたら、同期の方はびっくりするのではないでしょうか。こいつ誰だ、みたいな感じで。そのいいねが不自然じゃない状況には、ぱっと思い付く感じで三通りのパターンがありえます。

① あなたの裏アカを含めた複数のアカウントがいっせいにいいねをつけている状況で、同期の方はいちいちいいねを見ていないから問題にならない
② あなたは裏アカで、同期さん(の裏アカ)と仲良くしており、あなたの裏アカがいいねを付けることに不自然さがないし、同期さんはあなたの裏アカの正体があなただと認識していない
③ あなたの裏アカは鍵アカウントなので、いいねをつけても相手に見えないし、あくまであなたが同期の裏アカの投稿をチェック・保存するためにいいねをつけただけである

まあこのどれかではないかと思うわけです。なんとなく③な気がしますが、それはわかりません。続きもまとめましょう。

・その同期の方は、裏アカで会社の愚痴や、共通の先輩の愚痴をも投稿しており、あなたはそれらをスクショした
・その話をすべて夫さんにお話しされ、引かれた

こういった内容をお書きいただきました。



さて、以上の内容から、「ここで相談です」につなげる場合、文章の定跡通りに行くならば、

「このような行動をしてしまう私は性悪でしょうか」

が普通の流れだと思います。

あるいは、

「このような行動をして夫に引かれたのがちょっとショックだったのですが、やはり、他の人も私の行動を見ると、引くでしょうか」

あたりが自然だと思います。

しかしあなたは、「ここで相談です」の後に、

「同期と私とどちらが性悪でしょうか」

という内容を書かれました。

ここでひっかかりが生じます。

なぜひっかかるかというと、ここまでの文章を無心に読む限りでは、同期さんの「性悪さ」がいまいち思い浮かばないからです。

イヤイヤ、同期の方は、あなたのことを裏アカで「モヤッとする」と書いているのだから、性悪の候補ではあるだろうさ、という方もいらっしゃる……かもしれませんが……。

同期の方はどちらかというと、性悪というより脇が甘いというか、粗忽であるというか、うっかりしているというか、とにかく、悪というより失策、エビルというよりエラーで語るべき存在として書かれています。

なにせ「裏アカ」ですよね。根源的に隠しておきたいアカウントです。リアルでつながっている人たちにはわからないように運用する場所です。

それがこうして、こともあろうに当人にばれてしまっているのだから、悪いやつだなーではなく、ポンコツだなーという感想が出てくるのが自然です。

したがって、「同期さんとあなたとどちらが性悪ですか」という質問は、いまいち成り立っていないように思えます。

さらに言えば、あなたはあなた自身のことを「性悪」と読めるように文章を組み立てられています。

「つい私も裏アカから」と、あてこすりのような表現を用い、「夫にドン引きされてしまいました」と身近な家族からの反感をそえて、他人の裏アカをニラニラ楽しんでいる、とオノマトペ全開で不快をふりかけのようにまぶす念の入れよう。

つまり、この文章は、読む人に、「同期はポンコツ、あなたは性悪」と読めるように作られています。だから私は違和感にひっかかる。

「同期と私とどちらが性悪でしょうか」。いやいや、これは相談として成立していません。素直に読む限りでは、誰がどう考えてもあなたのほうが性悪だからです。

ここに書かれている内容だけを読むと、そう読めてしまうのです。



だから私はもう少し考えるべきなのだと思います。

あなたの本当の相談の内容は、「どちらが性悪でしょうか」ではないのではないか、と。



そもそも同期の方はなぜあなたにモヤっとしたのでしょうか。

同期の方が、あなたに対して少し嫌だと感じたことがあった。

それだけでしょうか。

同期の方が一方的にモヤッとしているのではなく、じつはお互いさまで、あなたはあなたで昔から同期の方にモヤモヤしたものを感じていたのかも。

昨日今日の話ではないのかもしれない。

だからこそ、同期さんの裏アカを把握して、今までずっと追いかけてきたのではないか。

あなたが相談の裏に(無意識に?)隠している背景情報として、今回のいいねやスクショのずっと前から、あなたと同期の方との間にはなんらかの摩擦がずーっと存在していたのではないかと思います。あなたはそれによって、それなりの期間、けっこうしんどい思いをしてきたのではないですか。

その結果、現在のあなたが同期さんに対して持っている、一番かんたんな表現語彙が、じつは「性悪」というものなのではないでしょうか。

あなたはずっと前から、この性悪な同期のヤロウめ、と、じくじたる思いを抱えていたのではないでしょうか。

しかしそれを表面に出さずに抑圧してきたのではないかと。

そこを抑圧していないなら、相談文に最初から書いていますよね。「この同期はそもそも昔から性悪で」と。

でもそういう内容を書かずに伏せた。

こじれてからの時間が長くて、どちらかが一方的に性悪だといえるような関係では、もはやなくなっている、ということかもしれません。

あなたも同期さんも互いに相手の本性をうっすらといやがっている。双方向で。性悪、性悪と念じ合っている。冷戦状態である。

仮にそうだとして、あなたは、同期さんを一方的に性悪とおとしいれることまではしていない。相談文になんて嘘を書いてもいいのだから、あなたはもっと、同期を性悪っぽく見せるような工夫をしてもよかったはずです。でもそれをしなかった。

そこは、なんというか、性悪どうしの仁義みたいなものがあったのではないか。

しかし今回、同期さんがポンコツな裏アカ運用をしたばっかりに、あなたに対する不満をあなたが直接受け取ってしまった。あるいはそれは「計算づく」なのかもしれないとすら邪推してしまうのですけれども、うーん、とにかく、同期さんがひとあし先に、あなたを、未必の故意的に殴った状態になってしまった。

あなたは裏アカを追いかけていたばかりに、ふいに、先に殴られた。

そういった背景を全部伏せたあなたは、伏せたつもりで相談文を書いたのだけれど、最後の最後に、つい、「同期と私とどちらが性悪ですか」と書いてしまった。もらしてしまった。



さて、ようやく核心なのですが。

あなたがこの相談文に用いるべき、本来のことばは、「性悪」ではなく、「痛くてつらくて悲しかった」なのではないですか。

たとえばそれはきっと、このような文章でもよかったのではないですか。


こんばんは。先ほど同期の裏アカと思われるTwitterで「同期にモヤっとする」という発言を見てしまいました。
そもそも私と同期とは、これまで、表だってケンカしたり陣地の奪い合いをしたりするような関係ではなかったのですが、内心ではなんとなく馬が合わず、いや、お互いにいい大人なので、そうとは互いに言わずに付き合ってきたつもりでした。
ただ、その裏で、けっこう前に見つけた同期の裏アカをつい追いかけてしまっており、今日にも職場の愚痴が出るかもしれない、明日にも私の悪口が書き込まれるかもしれないと、チェックするでもなくチェックしていたところ、果たして、先ほど私への愚痴を見てしまったわけです。
予想していたこととは言え、ショックです。傷つきました。
というか、隠すならきちんと隠せよ。裏アカだってわかるようなアカウントを作るなよ。なんで私にばれてんだよ……。
もっとしっかりしろよ。なんで私を、陰で殴るんだよ。
思わずかっとなった私は、同期の他の発言をあさり、会社やほかの同僚に対する悪口なども見つけて、これは何かに使えるかもしれないと思ってついスクショを保存してしまいました。それを知った夫にはドン引きされました。
確かに、裏アカをストークするような行動はよくないのかもしれません。その意味では私は性悪だと思います。
でも、同期のことも許せません。モヤッとしたという陰口よりも、なによりも、あんなガードの甘い裏アカで、私に対する不満を適当にもらすなんて。
その程度のことで傷ついた自分も許せないです。
この気持ち、どう落ち着けたらいいと思いますか。それとも、裏アカを追いかけていた人間の当然の末路として、あきらめるしかないのでしょうか。



……さすがに私の妄想が過ぎたかもしれませんので、このへんにしておきましょう。

事実はまったく違うかもしれません。

「どうで荘向けの相談」を送るために、ライトなエピソードをちょっと盛って書いてみたにすぎず、こんな複雑な過去は一切なかったのかもしれません。

ただ、ひとつ言っておきたいことがあります。

あなたは今、思った以上に傷ついており、そこにはケアが必要なのではないかということを、私は心配しています。

しかし、「どちらが性悪ですか」という、もしかすると本来のご相談とは異なる、あなたの痛みをカムフラージュするための「かりそめの声」かもしれないものがどうで荘に届いてしまった以上、私からは、あなたをどうやってもケアできません。

必要なければいいのですが。



あなたの本来癒やされるべき「声」は、あなたの閉ざされた心の中にしまわれているのではありませんか。その「声」が私たちの元に届いていれば、それを「カギ」として、私はあなたのドアを開き、中に乗り込むことができたかもしれません。

しかし、あなたは「カギ」をうっかり心の中にしまい込んで、インキーしてしまっている可能性がある。

「どちらが性悪でしょうか」というご相談に対して、お返事は可能です。しかし、あなたの本当の傷がほかにあるのだとして、そのような「書かれなかった相談」に対しては、まあその、打つ手はないです。

 

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【回答者プロフィール】

山本隆博
@SHARP_JPの運営者。どうでしょうをサラリーマン目線で見直すのが好きです。

病理医ヤンデル/市原真(45)

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