5/23日誌(D陣日誌:嬉野)
嬉野です
日誌です。
さて私は、4月の初めに我が家をトゥクトゥクで出発したままだった女房とワン公1匹と、先日九州の佐賀で合流し、久かたぶりのファミリーでのキャンプ旅をしております。
キャンプ場は無料で予約の要らないところもあって長旅の女房にはこういう行き当たりばったりで思いつくままに泊まれるキャンプ場が都合が良いのでたくさん知っております。
さて、今はまだ五月です。
昼間の陽射しは真夏でも、木陰に入れば冷たい風が吹いてきますからキャンプには最適のシーズンです。
おまけに朝夕ともなればぐっと気温も下がりますのでテントで寝起きするのはまことに爽やか。
おまけに今回は、夜の8時頃になるとテントの周りで騒ぎ出す小さな子どもたちの声に「なにごと」と促されテントの外へと這い出してみれば辺りを飛び交うホタルのヒカリの情緒に慰められました。
九州のホタルの光は青白く、とても明るいのです。真っ暗なテントの中に放すと天井に止まった光がポトリと落下するその様は、まるで火の粉が落ちたようにも見えてハッとするほどです。
とはいえキャンプは痒いですよ。
気がつくと体のあちこちで痒いです。
ま、痒い原因はおおむねは蚊なのでしょうが、でも、蚊に血を吸われたとして、どうしてそのあと痒くならないといけないのだろうと私は先ほどムヒを塗りながら不意にバカバカしく思わないでもなかったですよ。
だって血を吸われた上に痒みで不快な思いまでさせられるなんて蚊もずいぶんとアコギな真似をするじゃないかと恨めしく思えてきたのですよ。
いえ、なんなら血を吸われたことより痒みの方が不快です。だから私としても、にわかに起こった足の指、手の指、首筋の痒みにじっとしてはおれず、「痒い痒い」と苛立ちながらムヒを探しムヒを塗り、「このままにして置いては安眠もままならない」と、テント内の蚊を皆殺しにすべく、深夜、ランタンを灯し香取線香を取り出してテント内で焚くわけです。
テント内は狭いのであっという間に蚊取り線香の放つ金鳥の夏ニッポンの夏的な香りと煙で満たされますから、しばらく待つと、あれはわざと私の耳元で聴かせようとするのでしょうか物凄く無念そうに恨めしそうにワーンという羽音をさせると蚊は断末魔を迎えたか、そのあと私はいっさいの痒みからフリーになったわけです。
とはいえ、私は気になるのです。
「なぜ蚊は、私の血を吸い🩸そのあと痒みを伴う体液まで注入してゆくのか」と。だって痒みをお見舞いするのって蚊にとってものすごく損だと思えるのです。痒みさえ無ければ私は、いや人類は蚊に血を吸われたことに気づくことすらないのですから。だったらその方が吸い放題で得じゃないですか。
それなのに血を吸うだけでなくそのあと痒みを伴う体液まで注入して行くという蚊の律儀な行為は、結局、人類の方に益をもたらすとしか思えないわけです。
この痒みがために人類は「蚊に血を吸われた」ことに気づき、これを不快に思うから「蚊に血を吸われることは良くないことだ」と理解するし、安眠のためには、「蚊は根絶やしにしないといけない」と、子供のころから実地に体験して成長するのですから、蚊にはものすごく損な刷り込みとなるはずなのです。
あの痒みさえ生じさせなければ蚊は血を吸い放題だったはずでしょうし、いや、もっと大胆に踏み込んで、痒みではなく強烈な快感に通じる刺激を伴うような液を注入していたなら、蚊は、もっと安全に血を吸えた上に、人類の蚊に対して抱くイメージすら根底からガラリと変わっていたはずなのに。
それがそうはならなかったのですから、そこには誰かが危険を伴わせるルールを蚊に対して差配したとしか思えないわけです。
なんにしても、有志以来、平安時代、鎌倉時代といったクーラーのなかった日本の家は夏を旨として作られていたわけですから、蚊帳と蚊取り線香が発明されるまでのニッポン人の夏は、高貴な方も下々の方も痒みとの闘いだったんでしょうねぇ。
そしてそうやって寝苦しく起き出したニッポンの夜に、ニッポンのみなさんは、嫌というほどの数のホタルの光を蚊を追々眺めていたんでしょうね。
それではまた。
本日の日誌は嬉野でした〜
どうでもいいようなサゲでしたね。


