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理想のなじみの店(D陣日誌:嬉野)

昔から私には、気に入った料理に出くわすと、そのお店に頻繁に通ってしまう癖がありまして。

つまりその、ある日ひょっこり入った店で、ものすごく好みの味の料理に出くわすと、それが食いたいばかりに同じお店に通い詰めてしまうところが若い頃からあり、頻繁にその店を訪れては毎回同じ料理ばかりを注文して帰る客となるわけです。 

そうすると、お店の人にわりと顔を覚えられてしまう。そりゃそうでしょう。でも、そんなに通ってくれる客ですから、お店の方としては憎からず思うんでしょうね。

ある日、いつものように、いつもの料理を頼もうと、いつもの店に入った私のテーブルに、頼みもしないサイドメニュー的な料理が運ばれてくる的なことがある。

「え? なに? なに?」と訝しく思う私に、「お店からサービスです」と、ウェイターさんがニッコリされる。

これが困る。うれしくない。だって私は食いたい目当ての料理があるんですから。そのために通ってるんですから。それ以外の料理は別に食いたくない。

なので、私としては、どんだけ通おうが、いつもの料理を食わせていただくことだけが常に念頭にあるだけなので、それ以上、私が望むことは、ない。

でも、そこへ「サービスです」と、私が求めてもいない料理が運ばれてくる。

私は「え?」と思って、戸惑い、まったくうれしくないんだけど、状況的に「あら、ありがとう」とニッコリ笑って食わなきゃいけない空気をお店の全従業員の皆さんからの視線に感じてしまう。これが負担です。

でも、仕方なく食べたところ、これがビックリするほど美味ければ、「なにこれ! 美味いよ! やっぱり凄いねぇこの店は!」と、私も正直に興奮して、更にその店を尊敬してしまうでしょうね。

いや。それだったら良いんですよ。そういう展開だったら、あえて頼みもしない料理を出してきたのは店側の自信の現れだったかと分かりますから。であれば、私もね、もっぱら自分の不明を恥じ入ればいいだけのことですから。

ところが、出てきた料理が、どういうわけだか「どーでもいいような味」だったりするんですよ。

だから、そうなると私もね、「え? この店の店主はどうしてこんな料理をわざわざ私に食べさせたかったのだろう?」と、謎が謎を呼ぶんですよ。

でも、サービスだと向こうは言っている。

だからサービスは厄介。

だからサービスってなに?と、私は考え始めるわけですよ。

だって、客の私にとってのサービスは料理が美味しいこと、それだけですよ。だって料理屋なんだからね。でもその上でね、まだ客にやってくれようとする気持ちがお店にあるのなら、ただ、客としての私の気持ちに寄り添ってもらいたい。そうであるならば、そのサービスは本当にありがたいと思えるのです。

アメリカ映画に「月の輝く夜に」というのがあってね、ニコラスケイジがまだ若い頃に主演したラブコメ映画なんだけど、この映画にニューヨークの下町にあるイタリア料理屋が出て来てくる。この映画には、そこで繰り広げられる、いろんな馴染み客と従業員たちとが交わすエピソードが紹介されて、それが楽しい。

ある夜のこと、大学教授ふうの五十代の紳士と、女子大生ふうの若い女の子がテーブルを挟んで、一見、楽しげに座ってたんだけど、突然、女の子が席を立つなり、その大学教授ふうの紳士の顔にコップの水をぶちまけて「あんたなんか最低よ!」と捨て台詞を残して去っていくわけです。

さぁ大変。紳士はもう、店中の客の注目の的です。

まぁ、女子大生ふうのお嬢さんにしてみれば、その紳士は、悪いオヤジだったんでしょうね。でもまぁ、そのことは2人の大人の話だから、立ち入ることではありません。

だから話はそっちへは行かない。あくまでもそのお店の中での話となる。

と、そのとき、一人でテーブルに残されて、水でびしょびしょになった紳士が手を挙げて給仕さんを呼びつけるんです。紳士は、甚だ不愉快になってますから、語気鋭く「ウェイター!」と呼びつける。

で、私はね、そのあとの店側の対応が面白くて、未だに思い出してはホッコリする。

店内で今一番注目を浴びていたお客から「ウェイター!」と呼びつけらたわけですから、もちろん給仕さんも委細承知。足早に飛んでいきましたね。そして、もちろんたった今起こった事が事だけに、給仕さんの顔の表情はニヤニヤ笑ったりはしない、あくまでも真面目いっぽう、厳粛な面持ちです。

そして、どこまでも低姿勢で、ここはあくまでも下僕として客にかしずくために、かしこまった感じを出して、あえて、しゃっちょこばった感じで速やかにテーブルに参上する。

すると、水浸しになった紳士は、今や頭から湯気が立ち上らんばかりに怒っており、「いいか!たった今、このテーブルからあの女の痕跡を消してくれ!」と、言下に給仕に厳命する。

すると給仕さんは、無言のうちにも「かしこまりました!」と言わんばかりの顔つきとなり、素早くテーブルを拭き終わると、さらに持っていたナプキンに力を込めて、それでバッタンバッタンテーブルを叩きまわって、そのあたりに残っていたであろう、くだんのお嬢さんの香水の残り香やら埃やらを、もうもう、いっさいがっさい吹き飛ばす勢いで、紳士の無念の気持ちに応えようとする。その給仕さんの風情に感じ入ったか、紳士は、一言、「酒!」と叫ぶ。すると給仕さんは風のように去っていき、ほどなく紳士が所望した酒を持ってくる。給仕さんは、「本当にご災難でしたね」と、言葉にはせずに、終始、物腰と振る舞いだけでその気持ちを客に伝えて去っていく。

私はそのシーンを見て「あぁ、これがサービスだよね」と、うれしくなって感嘆の声を上げました。こんな店があって欲しい。あるんだったら私も常連になりたい。

だって、ここまで顧客の味方になってくれるなんて。ここまで客のわがままに付き合ってくれる料理屋なんて、良いなぁ〜〜と心の底から思ったのです。

きっと、こんな店にはマニュアルはないんですよ。あるのは店のオーナーが全従業員に厳命した一言でしょう。

「いいか諸君。全力で顧客に寄り添いたまえ」

これだけが上司の命令。だから寄り添い方は、それこそ現場スタッフ各人が考え続けてたどり着くことになる。

考える、思いやる、この実地の訓練が大事。世界までは救えないけど、とりあえず顧客を救います。

そういう店、きっとあるはず。そんなお店に、いつか出会う日を夢見て、今日も健やかに生きていこうと思う所存であります。

2021年8月19日:嬉野雅道

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