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藤村でございます。「どうで荘日誌」でございます。

先週23日から30日まで、ほぼ赤平の「レイクサイドリゾートどうでしょうハウス」に行っておりました。

今回はYouTube「ひげキャン△」の動画撮影ではなく、24日はミスターさんとのニコ動「水曜日のおじさんたち」の収録、29日は嬉野さんとのYouTube生配信をやり、あとの日は石坂グッズ店長、五十嵐キャラバン隊長、今井バッタ屋店長、松倉制作担当の「行き場のないさびしいおじさんたち」とともに、来たる「どうでしょうハウス一般公開」に向けての環境整備をやっておりました。

昨年も8月に一般公開する予定だったんですけれども残念ながら中止となり、今年も状況は分からないまでも準備だけは進めておこうと。

昨年の4月、全国に緊急事態宣言が出されたことをきっかけに、ひとり「どうでしょうハウス」に寝泊まりし、野鳥観察を始め、年末からはミスターさんを巻き込んでニコ動をスタートし、そんなことをやっているうちにコロナで行き場を失ったさびしいおじさんたちが「次はいつ赤平行くんすか」と、あの天国のような場所に集うことを楽しみにするようになっていきました。

昨年の4月から7月までの3ヶ月間、ひとりで動画を撮りながら、熊笹を刈ってレイクサイドを切り開き、廃材でウッドデッキを作っていたあの時、気づいたのは「やることがあるってのはとても楽しいことだ」ってことでした。

日本中が活動を停止し「動かないこと、やめること、あきらめることが善」とされていたからこそ「あきらめずに動いてやることの楽しさ」を感じたんだと思います。やることがなければ自分でやることを勝手に作ればいい。

こう見えて多くの人に囲まれているよりもひとりで編集室にこもる方が落ち着くタチなので、このコロナ禍はもってこいの機会だった、というわけです。

そんな風にひとりで楽しんでいるうちに、行き場のない仕事仲間たちが自主的に少しづつ集まり始めて、それはそれで「来るもの拒まず」、人に囲まれて楽しくなってきました。



で、先週。

「赤平行くけど」と連絡したら「行きます」とおっさんたちが即答し、「今回はいろいろ作業があるから」と言えば「もちろんやります」と、いうことで1週間をかけて作業をしてまいりました。

作業その一。まず、私が作りたかったのは「薪小屋」です。

ハウスの1階部分に、拾い集めた枝や切り倒した木を焚き火用に置いていたんですけど、天井は隙間だらけのウッドデッキですから雨漏りがする。いつまで経っても木は湿ったまま。なので、屋根付きの薪小屋をどうしても作りたかったんです。

最初に考えついたのは、薪小屋を別に作るのではなく、ハウス1階の天井部分にトタン屋根を直接打ち付けて、単純に屋根だけ付ければいいじゃん、という方法。「これなら簡単だろう」と、赤平から30分、砂川にあるホームセンターでガリバリウム鋼板の波板を買ってきて、さっそくみんなで打ち付けてみました。「おーいいじゃん」。作業はトントン進みました。

ところが翌日に雨が降り、「これじゃダメだ」ということに気がつきました。天井はキッチリ「水平!」なので、屋根の上に雨水が溜まってたんですね。雨漏りはしないんだけど、これではいつか天井が腐ってしまう。いかんいかん、傾斜を付けないと。それでトタン屋根を取り外して、今井バッタ屋店長とふたりで1階部分に小屋を改めて作ることにしました。

で、出来上がったのがこちら。(写っているのは黙々とツーバイフォー材に防腐剤を塗る今井バッタ屋店長)

まずはツーバイフォー材で、左右真ん中の3カ所に4本づつ、12本の柱を立てました。

1階の屋根の梁を支えるよう立ててあるので、ビシッと補強の役割も果たしてます。トタン屋根は、まずツーバイフォー材で枠を作って、そこにガリバリウム鋼板を打ち付けたものを2枚作り、柱に屋根の受けを作ってそこに載せました。載せただけなので取り外しが可能。枯葉が溜まれば外して掃除ができると。改善点はまだまだあるけれど、これで少し様子を見て、「やっぱダメか」と思えばまた作り直せばいい。「やること」が、またできるわけですからね。それでいい。

どうでしょうの「クリスマスパーティー」「onちゃんカレンダー」に出ていた金子アナウンサーは今、同じ部署にいて、作業を手伝いにきてくれました。あのころはバズーカレンズを持つカメラ小僧だった金子は、今やチェーンソーやら草刈機やらを自前で揃える土木おじさんになっており、ハウス周辺の育ちの悪い木々を勇ましく伐採。その木を石坂店長が、これまた勇ましく斧でカチ割って薪を生産し、それらを出来上がった薪小屋に並べたらかなりいい感じになりました。

小屋の右側部分は薪置き場、左側部分にはとりあえず棚を付けて物置にしてみましたが、さらに薪を生産できれば、いずれは左右全面に薪をきれいに並べたいなと思っております。

私と同じく「北の国から」に今更ながらに影響を受けまくった石坂店長は、薪割りの他にも勢力的に働いており、五郎さんの石造りの家や石の風呂に感銘を受けたことから、ハウスの前にある滑りやすい斜面に石畳をひとりで作り上げました。

これらの石、すべて店長がそこらへんの地面から掘り出したものです。まさに五郎。石坂店長は諸々の事情から現在は「野口」姓となっていることから、我々は彼のことを「野口五郎」と呼ぶようになりました。

他にも五十嵐キャラバン隊長は農地の開墾に勤しんでおりました。

レイクのほとりに作り上げた小さな農園には、五十嵐隊長が勝手に「蕎麦」と「ひまわり」のタネを蒔きました。曰く「どっちも手間かかりませんから」と。

「ひまわり」は夏が終わればタネを取り、野鳥たちのエサにし、「蕎麦」は・・・いや、蕎麦を打つつもりは今のところありませんけど、いずれね。

 

ハウス建設を丸投げした大工の千葉さんが言ってました。

家はそこに人がいて初めて家になる。静かな森の中で2年間放っておかれて、建てただけで終わりかなと思っていたどうでしょうハウスに、こうして人が来るようになって、今はとても嬉しそうだと。

 

先週の作業はここまででおわりましたけど、私にはまだ他にもやることがあります。

薪小屋の裏の1階部分。

ここには雑多な物が押し込められているのでね、ここにも薪小屋と同じやり方で物置を作ろうと思ってます。なんとか一般公開の前に。

 

昨日、とても天気が良かったので私はまた赤平に行ってきました。
新緑が清々しかった。

 

そして先週はできなかった「やること」をやってきました。

 

釣りです。ニジマスを2匹釣りました。

「一般公開に向けて」という口実をつけて「やること」を作り出した先週の出来事でした。


そして今度は、少し旅に出ようと思います。嬉野さんと一緒に。愛車スバルレヴォーグで。

こんな時だからこそ、ひっそりと、静かな旅ができるんじゃないかと思ってます。

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